【旧規格軽スポーツの魅力】AZ-1、アルトワークス、ヴィヴィオRX-R、カプチーノ、ビート…

1: オセロット(栃木県) 2012/09/07(金) 08:12:02.91 ID:ND7RRWb+0
ホンダ、「軽」で巻き返しに懸命 スポーツカー開発再開、若者取り込み狙う

ホンダが「軽」自動車市場での巻き返しに、スポーツカーを投入する。
同社の伊東孝紳社長が2012年9月2日に開いた鈴鹿サーキット(三重県鈴鹿市)の誕生50周年を記念したイベントで、「軽」のスポーツカーを開発していることを明らかにした。

ホンダは軽自動車の販売を強化、なかでも「N BOX」は売れに売れている。
新型スポーツカーを投入し、品揃えを増やすことで若者層などより幅広いユーザーの取り込みを図る。

ホンダは1991~96年に軽自動車の2人乗りスポーツカー「ビート」を発売しており、いまでも中古市場では根強い人気を誇っている。
伊東社長はスポーツカーの開発について、「極端に小さく楽しめるスポーツカーを画策している」とし、「軽」として売り出す考えを示した。

ホンダは2008年のリーマン・ショックに伴う収益悪化で、フォーミュラーワン(F1)レースから撤退。
伊東社長は、それがいまなおホンダのブランドイメージに影響しているとみており、「ホンダらしさ」を取り戻すためにも、スポーツカーの開発が不可欠と考えたようだ。

また、ライバルのトヨタ自動車が12年4月に「86」を、また富士重工業がトヨタと共同開発した「BRZ」(3月)を投入するなど、再びスポーツカーへの注目が集まりつつあることもある。

ホンダは「技術的な部分を含め、(ビートとは)何から何までがまったく別の、新型スポーツカーをつくることになります」と話している。

一方でリーマン・ショック後、ホンダは「軽」へ取り組みを加速させている。「軽」は日本の自動車販売台数の約4割を占めている。
伊東社長は、軽自動車という枠組みの「限られた規格でどれだけ面白さを出せるかということ。(「軽」でスポーツカーという)市場としても可能性がある」と、意欲をみせた。

http://www.j-cast.com/2012/09/05145057.html

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マツダ社長「私がマツダに在籍している限り、ロータリーエンジンの開発を続けていく。」

1: サバトラ(やわらか銀行) 2012/09/05(水) 11:45:25.96 ID:kw4Aa/PI0
8月27日から30日まで開催されていたモスクワモーターショーで、マツダの代表取締役会長・社長兼CEO山内孝氏がロータリーエンジンの開発継続を明らかにした。

今年6月に「RX-8」の生産を終了したことで、「マツダはロータリーエンジンの歴史に終止符が打つのではないか」という憶測が流れていた。
しかし、今回モスクワで「アテンザ(海外名:Mazda6)」のお披露目を行った山内社長は、「私がマツダに在籍している限り、燃費効率を追求したロータリーエンジンの開発と、走行時の直接的な動力源以外の用途でのロータリーエンジン活用の道を模索し続けていく」と表明。
“走行時の直接的な動力源以外の用途”とは、2013年に日本で先行発売を予定しているレンジエクステンダーEVに発電用としてロータリーエンジンを搭載することを示唆したもののようだ。
ロータリーエンジンをレンジエクステンダーとして使用した場合、他のエクステンダー用エンジンと比べ、高効率化や小型・軽量化が可能だという。

まだ不透明な部分が多い次世代ロータリーエンジンだが、ファンにとって開発継続は朗報と言えるだろう。次なるニュースを楽しみに待ちたい。

http://jp.autoblog.com/2012/09/03/mazda-working-on-range-extended-rotary-powered-vehicle/
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元トヨタ技術者 「若者の車離れだが、スポーツカー志向の人は必ずいる。ブームは再来する」

1: アンデスネコ(埼玉県) 2012/09/03(月) 18:30:50.18 ID:WM0C5FnVP BE:1537824029-PLT(12000) ポイント特典
 トヨタ自動車が半世紀前に開発した小型スポーツカー「パブリカスポーツ」が今夏復元された。
携わったのは同社OBや愛好家ら5人。設計図面も、器具もなく、情熱だけを頼りに手弁当で5年越しのプロジェクトを完成させた。平均年齢71歳、スポーツカー狂たちの奮闘記だ。
 「これはパブリカスポーツでは」。平成19年、トヨタOBの諸星和夫氏(71)は、知人でデザイン開発会社社長、安藤純一氏(63)のスタジオに置かれた模型に思わずくぎ付けとなった。
 2つの大きな丸い目玉とゆるやかな流線形のフォルム-。昭和37年、全日本自動車ショーに出展されたときの記憶が鮮明によみがえった。
 学生だった諸星氏はパブリカスポーツを見て「その完成度、欧米車にもない独自性」に圧倒された。トヨタに入社したのも、同車にあこがれたからだ。
 「学校を抜け出して同車を見学した」と熱っぽく語る安藤氏。その言葉と飾られた模型に、諸星氏の中でかつての情熱がわき起こってきた。「パブリカスポーツを復元しましょう」。

 プロジェクトのリーダーには諸星氏が就任した。資料はほとんど残されておらず、設計図面もない。
当初手がかりは同車の数枚の写真だけで、諸星氏はこの写真をもとに手書きで5分の1モデルを作図する。
 プロジェクトスタートとともに、さまざまなメンバーが集まり始めていた。
同車を元に開発された「トヨタスポーツ800」(ヨタハチ)製作にかかわった元トヨタ子会社技術者の満沢誠氏(82)▽
模型製作会社社長の小森康弘氏(75)▽三次元測定機開発会社社長の上田俊昭氏(64)。中核となった5人だ。

(中略)

 満沢氏は現役時代、「スプリンタートレノ」「カローラレビン」といったスポーツカー開発の責任者を務めた。
これらはパブリカスポーツの理念を受け継ぎ設計したという。82歳の現在も、BMWのスポーツセダンのハンドルを握る、生涯スポーツカーファンだ。
 満沢氏はいう。「若者の車離れといわれるが、スポーツカー志向の人は必ずいる。ブームは再来する」(内山智彦)

http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1209/03/news024.html
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/1209/03/news024_3.html

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